玄米ご飯ショップ「みらくる」は、Jワード ”玄米” のオフィシャルブランドです。 sitemap


スタッフ雑記 20100128 「携帯電話」

昨日携帯電話が壊れた。

電話をかけようって耳に
あてたら

真ん中のところが
バリン!って 割れた・・・・。

画面真っ暗。

使えない・・・。

え~~~。

なんでぇ~~。

ある人に電話するって
約束してたけど・・・・。

電話番号ほかに控えなし!

又、ある人には振込みするのに振込み先
メールで連絡きてたのも見れない。
から、振込みできない。

聞くのも連絡先控えなし!

朝目覚まし時計にも使っていた。

散歩のとき時間をみたり
綺麗な山、朝日の写真を撮っていた。

友人からのメール、着信を
常に気にかけていた。

すっかり携帯電話の生活に
どっぷり浸かっていた。

携帯電話のない生活。

「誰々さんがメールくださって
  いないだろうか・・・」

ちょっとは気になってはいたが・・。

散歩に出かけて、時間を気にせず
ゆっくりお散歩。

いつもはジャケットのポケットに
入れて歩くのだが

今日は軽いっ。

時間が空いたらすぐに
着信履歴やメールを確認していたが、

その、必要なし!

考えたら人間はもともと
言葉なしで テレパシーで
お話ししていた・・らしい。

みんな其々予知能力もあったはず。

文明が発達して
便利になって 段々退化していった。

「直感」

それはまさにそれ。

だれでも 持っている。

気が付くか、付かないか。

わたしなんか 結構鈍かったり、
思考してしまい おじゃんになる。

会いたい人がいたら
「会おう」って 普通は連絡する。

でも、会いたいなぁって
思っていたら

その人が目の前に現れたり

電話がかかってきたり・・・。

シンクロって やつ。

きっとそれが ほんとの
人の姿なんだろうなぁ。

なんて考えたりして・・・。

でも、気が付いたら、この世は公衆電話が
少なくなっていた。

やっぱり 「マグル」の私は
携帯電話がないと
不便だわ~~~。



2010年1月28日 22:41

スタッフ雑記 20100125 「メッセージ・シンクロ」

「私、波場先生の小金井の反省道場を
 手伝っていたことがあるのよ。

このTさんの言葉にはっとした。

「小金井の反省道場?!!」
「波場先生=HABA=H先生」

波場先生は高橋信次先生と
一緒に活動していた方で

高橋先生ご存命の頃は高橋先生の反省道場を
波場先生に任せていらっしゃたらしい。

先日Tさんがいきなり連れて行ってくださった
ところ。

そこは波場先生の作られた施設「有明の家」。

心身弱まった青少年を預かり
「内省」といって内面を見つめる
セルフカウンセリング法でご指導されている。

私もいつかやりたいと思っていたことだった。

その時はご自宅にいる先生にはお会いしないで
奥様と談笑し帰ってきた。

その時には何年も前からの
波場先生とのご縁があったことが
わからなかった。

波場先生・・・。
H先生・・・。


4年前私は初めて内観所で
内観を経験した。

その最終日に
「天からメッセージを受ける時間」
があった。

法座の中でじっと目を
瞑っているとまぶたの中に
「愛」という字が見えた。

そして次に「愛」の前に

「人」という文字が浮かんできた。

そのとき私は
「すべての人を愛しなさい」
というメッセージをいただいた
と、思っていた。

しかし、家へかえり
助安由吉先生の
「反省・内観で心を知る」

という本を読んでいて

「このページを読みなさい」という
不思議な事が起きて

そこのページを読んでびっくりした。

そこには助安先生が
反省道場で反省道場の先生に言われ言葉が
書いてあった。

それは
「人を愛することを知りなさい。
 それは己を大切にすることです。
 いばらの着物を着たら人も傷つきます。
  
 自分を大切に生きてください。
 そうすれば 人を愛することがわかってきます。」


それこそが私に対する
天からのメッセージだった。

ぼろぼろ泣いていた。

その言葉を言われた先生が「H先生」(本では本名が書かれていなかった)

波場先生だった。

感激した。

このことがわかってから
先生にお会いする順序になっていたんだ。

だって今日、午前中にほんとは波場先生に
お会いしに行くんだったが

Tさんが朝、「塩尻の知り合いにところにいくわよ~」
って お誘いあったから

一緒に出かけてその先で

「波場先生が小金井の反省道場にいらっしゃった」
という 言葉をTさんから 聞いたからだ。

やっぱ、安曇野はシンクロの町。

午後には波場先生のご自宅に
すっとんでいった。

パーキンソン病で少しお体が
御不自由になっていた
波場先生。

ベットの横の壁には高橋先生のお写真が
飾っていた。

色々お話したが
先生は
「Tさんは本物だ、Tさんについて
 動いていると間違いない」
と、おっしゃっていた。

Tさんは法は説かない。
でも、人のために毎日動き回っている。

ユートピアに向かって人と人の繫がり、
信頼の地盤作りを地道に
何年も前から行っている。

実践だ。

これこそ「法」だ。


奥様とお話ししていて
さらに びっくりした。

うちにある高橋信次先生の
莫大な講演テープのなかに
山形県での講演会のテープがあり

質疑応答の時間に
あるクリスチャンの方の
質問・お話しが入っていた。

「高橋先生にお会いしなかったら
 私達家族は死んでいた」

という言葉が入っていたのが
印象的だった。

主人は特にこのテープを
しつこいほど聞いていた。

波場先生の奥様が
昔夫婦で山形県で小さな子供3人連れて
宣教活動していて、高橋先生にお会いしていなかったら
私は死んでいた。

って話されて

あの時質問されていたのは
波場先生ですかー??

奥様「そうです」

元?クリスチャンだった主人はそのテープのクリスチャンの
「その人に会ってみたい」と、思っていたらしい。

なんて、劇的な出会いなんだ。

私たちは昨年9月29日に安曇野に
引越ししてきていた。

波場先生の奥さん
「私達も安曇野に引越ししてきたのは
 9月29日よ、10何年も前だけど」

9月29日は奥様の誕生日だったので
特に覚えていたとの事。

波場先生は
「僕にできることがあったらするし、
 逆に手伝ってほしいことがあったら
 宜しく頼む」
と、言ってくださった。

「有明の家」

ナギラさん。

波場ご夫妻の娘さんで
今有明の家は娘さんを中心に
やっているらしい。

この日お会いできた。

なにかナギラさんとも
深いご縁を感じる。

施設をつくり
プチ内観のセミナーをして
青少年の自立を農業をしながら
行っていく。

私の人生の目的の中にこれが
ある。

でも、何年も前からのメッセージ。

今やっと心から理解ができ
これが、これからやっていく活動に
1番必要なこと。

「自分を大切に生きていく。
 そうすれば人を愛することがわかってくる」

自分に愛が満たされたとき。

その時が「活動開始」のとき。

愛の波動を拡げる時だ。

そして、さりげなく いつも必要な
物、事、人を繋げてくださっているTさん。

ありがとう。

これからも宜しくお願いいたします。



2010年1月26日 19:39

スタッフ雑記 20100124「か、かすけ~」

上の子が授業で「貞享(じょうきょう)義民記念館」
に行ってきた話を以前聞いていた。

私達が住んでいるここ三郷(みさと)で
江戸時代(貞享寅年)大きな農民一揆があった。

庄屋の加助(かすけ)をはじめ
とする中心メンバーの28名が
はりつけ獄門となった。

その時の話を語り伝えている
会館だ。

上の子
「質問です。
 はりつけ台の上で加助が最後に
 言った言葉がなにかわかる?」

「え~?わかんない」

「ヒント、~~~~だぞ~だよ。」

ぜ~んぜん、わかんない。

あっ! 「農民は永遠だぞ~かなっ?」

「違うよ!年貢は2斗5升だぞ~だよっ」

「ふ~ん、そ、そう~???」

って、感じだった。

でも、そんな勇士の話を
もっと 聞きたかった。

Kちゃんも以前一人で行って加助のシアター
見てきたって
彼女、
「か、かすけ~」て、叫んでいたなぁ。(笑)

そんで、今日「貞享義民記念館」に行ってみた。

係りのおじちゃん、嬉しそう~に
シアターに連れて行ってくれた。

Kちゃんもやっぱり、係りのおじちゃんが
嬉そーだったって言っていたなぁ。

客は私一人。

広い会場に一人。

暗い会場に一人。

なんか・・きょわい・・・。

「20分くらいですから♪
 人形と切り絵で物語ができています♪」

「途中、客席に向かって三方からライトが
 ピカッて 当たりますけど 演出ですから♪」

に、人形!?
ライトだぁ~?

きょ、きょわ~い。

オープニング、藩に年貢を軽くしてほしいと
訴えでた農民の

家族が捕らえられ、名前を呼んでる
悲痛な声から 物語りは始まった。

いよいよ・・・こわい。

当時幕府では年貢は二斗五升(にとごしょう)であった。

しかし実際の年貢の料は藩が
決めていいことになっていて

当時財政難であった松本藩は
三斗四.五升を厳命していた。

農民が食べることもままならない
年貢が70年余りつづいていたが

更に年貢を引き上げる通達を
受け

当時庄屋だった加助を中心とした農民は
松本藩に年貢を以前の二斗五升にしていただくよう越訴(おっそ)
ー直訴みたいな直接の訴えーをした。

越訴を噂で聞いた農民が松本城に
万と集まってきた。

困った藩は願いを聞き入れたフリを
し、

農民を引きあげさせた。

しかし、その1ヵ月後
加助をはじめメンバーとその家族

女から赤ちゃんまでが捕らえられ
処刑された・・。

1番前の真ん中に座っている
私の まん前に

はりつけになった加助であろう
人形が・・・

ばーん!って 登場した・・・。

きょ、きょ-----れつ!!

人形髪がばさばさ・・・。

ぐぐぐぐぐ・・・。

そ、そして
はりつけになった加助の口から

処刑の瞬間
「年貢は二斗五升だぞーーー!!」
「年貢は二斗五升だぞーーーー!!!」

・・・・・・・。

上の子の 言っていた・・
質問にわざわざした訳がわかった。

これは悲痛の叫び。

最後まではりつけ台の上でも
闘っていた加助、
農民を思い遣った叫び。

上の子もそんな想いが
心に伝わってきたのだと。

終わったらまた係りのおじちゃんが
きて展示室で説明してくれた。

一揆前に藩主が変わり八万石から
七万石に変わった時に

藩内の土地の1万石が幕府の領地になった。

その幕府の領地だけ二斗五升になり
周りの重い年貢の農民の不満が

積もっていたと教えてくださった。

加助その他メンバーは自体は
一揆を起こす計画ではなかった。

越訴は直訴と違い
罪にはならないものだったらしいが、

越訴の噂を聞いた農民が今までの
苦しさから、たくさん集まってしまい

エスカレートして米問屋に火を
つけたり、騒ぎが大きくなりすぎたことが

はりつけ獄門になった原因らしい。

みんなの罪を背負いて、
十字架に
イエスキリストのようだ・・・。

会館の近くには加助神社やら加助のお墓や
「二斗五升の碑」がある。

加助さんたちが命をかけてまで
しなければならなかったこと。

物語の最後に言っていた。

「知って正しいと想ったことは
 行わなければならないこと・・・」

「か、かすけ~~~」

やっぱり 私も 叫んでいた。



2010年1月25日 00:36

スタッフ雑記 20100121 「長岡式酵素玄米・新井先生」

みらくる玄米は酵素玄米だ。

その元祖は長岡式酵素玄米だ。

長岡先生が高橋信次先生のアドバイスを
受け完成された 酵素玄米。

私が高橋先生の著書「心眼を開く」を
お導きにより本屋で手に握らせていただいたときから
人生が転換していった。

玄米の仕事に入ってから
玄米に高橋信次先生が係わっていたと
知って 玄米に深いご縁を感じていた。

長岡式酵素玄米を長岡先生が
亡き後、新井先生が普及活動されていると
お聞きしていた。

その酵素玄米炊き方講習会が
長野の地で盛んに行われていた。

2日前、そして今日その
「炊き方講習会」に参加してきた。

初めてお会いする新井先生とその息子さま。

以前長岡先生と一緒に写っている
何十年前の新井先生を写真で拝見していた。

やっぱ、髪が薄くなっている・・・。

む、無表情・・・。

「この酵素玄米は今から30年前に
 高橋信次先生の協力の下に 長岡先生が
 完成された玄米です」

いきなりのこの言葉にびっくりした。

一応高橋信次先生は宗教家である。

それをはっきり名前を出して
お話ししている。

「これは宗教でもなんでもない!」
「ご縁のある方にお伝えしている」

凛としておられる。

長野の人は感度がいい・・・
って いうことで 新井先生は
長野で講習会をすることが
嬉しいようだって
Tさんが言っていた。

安曇野のTさんの知り合いは
ほとんど 酵素玄米を自分で焚いて食べている。

安曇野は人口の割りに
玄米食人口多し。

酵素玄米は「ピース圧力鍋」を
ちょっと改良した鍋を使っている。

オモリがついていて炊いていると
ぐるんぐるん 回るんだが、

ある時間がくると ピタッ!って
止まる。

そのとき釜の中の温度は
1200℃。

オーロラができている。

スパーク!

新井先生曰く
「宇宙即我(うちゅうそくわれ)」

「中のものは元素転換している!」

「そこがすごい!!!」

「そこを伝えたくて、言わざるえなくて 30年伝え続けている。」

ス、素晴らしい・・・。

無表情だった先生、たまに冗談も出てきた。

何年か前までは、にこりともしなかった・・。
らしい・・・。

その他左回転、右回転の原理。

生きるってこと。

仕事はしなくていい。

もろもろ・・・。

すごくお勉強になった。

何がって・・・
自分のものになっていなくて
内容が書けなかったりして・・・。

次は息子さんの実際の炊き方の
講習会だ。

お米を丁寧に計ることから
始まる。

よく酵素玄米の炊き方は儀式的って
話を聞いていたが・・・

そんなことはなかった。

それは食べものを、
命ある食べものを、
私達に命をくださる食べものに

対しての少しもの、感謝の行為なんだ。

講習料を一切いただかない。

くれるっていったら
講習会断るって 新井先生。

でも、ベンツに乗っている・・・。

4ヶ月に一度長野に来て
講習会されている。

今度いらっしゃるのは
5月かな?

何回でも聴きに行きたい。

みらくる玄米ではなく
酵素玄米炊いてみた。

いけてる。

「長岡式酵素玄米」初心者です!



2010年1月24日 01:42

スタッフ雑記 20100119  「キセキ」

Kちゃんとお散歩している時に
訊いてみた。

「雲みたいな白い細長いしたもの
 ニョロニョロ 空を飛んでたのー
  なんだろう?」

「あ~それは龍だそーです」

さらりと言ってのけた。

「写真家のなおこさんがたくさん
 写真にも撮ってるみたいですよ~」

そーだったんだー。


昨日今日とTさんのおかかえ運転手に
なっている、私。

Tさん車検で代車を工場から
借りたのだが

ギヤが入りずらかったりブレーキが
遊びが大きかったりで

「こ、こわい・・・。」

でー、
「で、では 私が運転してお連れ
 しましょうか?」

ほんで昨日は酵素作ってる花代さんち、
縄文土器作りで友達になったJさん、
人形劇の木島千草さん宅、

「ぴあの」って、すてきな喫茶店で
お茶し

今日は移住者の会「ナックの会」の
新年会があるって 

穂高の雪山まで送っていった。

午後は上の子の参観日で学校へ。

「ワールド」って英会話の授業だった。

その後先生と親の懇談会があり
先生がおっしゃった。

「いつもは性教育の授業参観だったんですが・・・
 昨日の授業で男女の体の変化ー胸が大きくなったり
 生理がきたり、毛が生えたりの話をしました。

 4年生の時にも、授業であったんですが」

え~4年生で?
私の時代にはなかったかも・・・。

先生
「子供ができる精子と卵子の
 ビデオも昨日子供達に見せました」

あ~上の子が言っていた。
学校でビデオ見たって。

なんのビデオ?って聞いたら
「言いたくない」って。

なら 最初から 言・う・な!

複雑な心境だったんだろう。

さらに先生は
「600個の卵子と3億の精子がいても、
 そのなかから一つずつしか出会えない、
 もしかしたら、出会えないかもしれない

 そうゆうことは、
 今自分が存在しているってことが奇跡なんだ、
 今隣にいる人も奇跡なんだってこと

 これから子供たちには、そうゆう話を
 していきたい」

い~い~せんせー。

素晴らしい!
それが本との教育!!

みんなみんな すごい人なんだー。

よっ!!

何億分の1の奇跡。
今、息づいている奇跡。
地球に生まれた奇跡。

上の子が好きなGREEEENの歌の
「キセキ」が 流れている。

「僕らの出会いが もし偶然ならば
 運命ならば 君に巡り会えた
 それってキセキ。
 
 僕らの出会いはおおきな世界で小さな
 出来事
 
 巡り会えたそれってキセキ。

 上手くいかない日だって2人でいれば
 晴れだって
 強がりや寂しさも忘れられるから

 僕は君で らら
 僕で居れる から
 だからいつも傍にいてよ 愛しい君へ」
 



2010年1月20日 23:29

スタッフ雑記 20100118 「安曇野の冬」

昨日、今日安曇野の朝の空は
快晴!

雲ひとつ ない!

山にも空にも。

や、やまが・・・やまが・・・

な、なんて・・なんて・・・
なんて、綺麗なんだー。

はぁ~~~~~~~。

ずーーーーーーーーーーーーーっと、
みてる。

みていると ふと、真っ青な空の向こうに
一筋の白い雲のような?細長い物体が
静かに動いている。

雲にしては足が早い
飛行機?にしては翼もなく
動きが遅い。

な、なんだろー。

しばらく目で追っていたが
いつか見えなくなってしまった。

又、思ってしまった。

りゅ、龍?

通りかかった、たまに会う
犬の散歩をしている
奥さんにきいてみた。

「この辺じゃぁ、見たことないねぇ。」

たまにそうゆう不思議な物が
飛んでいるって 答えを期待したんじゃが・・・。

不思議じゃぁ~。

ここ2、3日冷えこんどる!

そのお陰で 歩く道は
きらきらと、ダイヤモンドの粉が
光っているようだ。

そのお陰で?昨日洗面所とお風呂場の
水道が凍っていた。

思い出した。
この時期からの寒い北海道では

水道の水を落として
寝ていたんだ。

「水道の水を落とす」
って 多分暖かいところに住んでる
人にはわからないかも・・・。

水道の蛇口のそばの床にある
元栓って蛇口。

水を出しながらそこを
閉めると地下からくる水を
シャットダウン。

家の中の水道管の中の水が
凍るなんて

東京ではなかったよなぁ。

うん、醍醐味、醍醐味。

昨日水道管を直しにきてくれた
業者さんが、

「お風呂場の窓は開けて寝てはだめ」
「風呂桶の水は張って寝てください」

と、言っとった。

窓は開けていたし(凍って閉まらなくなっていた)
風呂桶の水はなかった。

夏に初めて安曇野に来て

秋を過ごし

これから過ごす初めての安曇野の
厳しい冬。

そう長くはなく
あっという間に春が 訪れるらしい。

楽しみながら過ごしたい。

特に冬が特別に綺麗という
わが父ー山々を眺めながら。




2010年1月18日 09:55

スタッフ雑記 20100115 「野口 法蔵さん」

「ほうぞうさんいきます」

Tさんから 朝メールが入った。

Tさんに電話したら
「ぁ、朝はいそがしいよね・・」
って お気遣い。

「いえいえ、いきますっ いきますっ」

野口 法蔵さんにはまだ
安曇野に来てからお会いしていなかった。

私・・・あまのじゃくだから
脚光をあびている人は
あえて追わない。

でも、Tさんの縁だから
会ってみたい。

Tさん名(迷)ドライバーで
法蔵さん宅へ。

門から中に入るとき、作務衣を着て帽子を
かぶっている人が玄関前を歩いているのが見えた。

Tさん
「ぁ、知らない人がいる」

えー修行僧かな?

Tさん
「あっ、ぁ、法蔵さんだ」

爆笑。

「帽子かぶっているからわからなかったよ」

車を降りてご挨拶。

法蔵さんを見た途端
魂になにか どひゃん!ってきた。

それがなにかわからない。

法蔵さんのエネルギーを
感じてなのか

懐かしい感じもするし

魂が揺れ動いている。

「野口 法蔵」さんって、年配の
おじいちゃんかと思っていたら

結構お若い方だった。

どうぞ どうぞって
茶の間に気楽にとうしてくださった。

薪ストーブが焚いてある茶の間では
奥様がお茶を入れてくださった。

みんなで、おこたに入りTさん中心に
お話し。

法蔵さんは低い声で(とってもすてき)
穏やかなしゃべり。

法蔵さんからはずっと
クリアーな空気を感じていた。

そして静かではあるがとても強い・・・
とてつもない力強いエネルギーをも
感じていた。

それは力とか頑丈さの強さとは違い、

深い愛・・そしてゆるぎない信念
その柱が太く天にそびえ立って
いるイメージだ。

そばにいるだけでホッとするような
何にも言葉はいらないような

やっぱりなにか 懐かしいような。

たかおさんが言っていた。
「この安曇野には魂の縁の
 深い人たちが 集まってきている。」

チベット系か、インド系か?

法蔵さんは若い時チベットで
修行されていて、本も出されている。

これからも宜しくお願いします
って おいとまし、

Tさんの車に乗って帰るとき
涙が出そうになった。

Tさんは
「法蔵さんみたいな人がいるって
 だけで いいんだよねぇ」

Tさん、法蔵さんに 
「みらくる玄米美味しいんだよね~
お料理上手だから今度食べに来たらいいよ」

って わちのこと宣伝してくれた。

法蔵さんはご飯とちょっとの野菜しか
食べないらしいが

私の料理食べていただけたら
嬉しいなぁ~。
     




2010年1月15日 23:09

スタッフ雑記 20100112「拾ケ堰(じっかせき)」

下の子が学校で習ったことを
話してくれた。

だいたい、授業集中して聞いていない(はず)
下の子。

珍しく話をしてくれたのは
自分でも感動したか、魂で何かを感じたから
なんだろう。

それは
「等々力 孫一郎」の話。

江戸末期、等々力孫一郎を始めとする有志は
「拾ケ堰(じっかせき)」工事をして
安曇野の町に水を引き入れ豊かな水田を
作った、ということである。

(下の子の話はこんな難しい話し方ではないっ・もち)

「拾ケ堰」・・それは簡単に言うと用水路。

拾個(10個)の村にまたがっての用水路(堰)だから
拾ケ堰。
広さ600ヘクタール(村10個分)。
(下の子が、そばで広さを書けと、うるさい)

拾ケ堰という地名もある。

下の子が鼻息荒く話してくれた内容は、

川の下を掘って用水路を通したんだよっ!

20年間計画したんだよっ!

作り始めたら3ヶ月でできたんだよっ!

感動ポイントちゃんと押さえている。
ほんと~??すご~い。

工事の反対をする村人の暴力にも負けず、
拾ケ堰工事の許可を得、

延べ6万7千人動員してつくられた。

きっと全ての事、物、人が
神に動かされての 奇跡の大事業。

今なおこの拾ケ堰、
安曇野町の水田を潤おしている。

安曇野の町には、どこにでも用水路が
流れている。

下の子の話は上手で、お話ししてって
言えば 何回でもしてくれる。

弁士・・である。
ペペンペンペン!

しばらくは18番でいけそうだ。

安曇野の田んぼを作ったのは
龍にのった「泉 小太郎」という
安曇野の昔話しがある。

小太郎が龍にのって田んぼを
作ったんだって!

下の子
「等々力 孫一郎じゃい!!」

等々力派・・である。



2010年1月12日 17:09

スタッフ雑記 20100110 「三九郎」

「三九郎」

なんだ~???って思った。

「一日市場東地区子ども会冬休み行事」
としてプリントが届けられ

三九郎
・松集め
・三九郎作り
・三九郎

と、あった。

しばらくしてわかった。

三九郎=どんと焼きだった。

お正月の松飾などをみんなで集めて
一箇所に集め、焼いて神送りをすること。

・松集め
 松飾やだるまを各家庭から集めてまわること。
 (近所に落ちてる松の葉をほうきで
  集めるのかと思いました。)

・三九郎作り
 集まった松、達磨、松飾、門松を
 三本の丸太を立ててそれにわらと
 一緒に飾り付けをしていく作業。

・三九郎
 できた三九郎に火をつけ燃やし
 そこに柳につけた繭玉(餅)を焼いて
 食べる。

 そうすることにより1年間「無病息災」
 と、なるとのことです。

い~い~伝統行事!!!

当日近所の子供、親御さん4組で
担当区域の家の松集め。

振興住宅地は小さいリースなどの
松飾だが、昔からこの土地に住んでる
大きい家の前には 大きい松が
置かれていた。

わらも置いていてくれる。

燃えやすいようにわらも三九郎に
飾るのだ。

持って行った大きな袋は
大きな達磨、松などで
すぐに一杯になった。

けっこう達磨を飾っているんだなぁ。
大中小のたくさんの達磨が集まっている。

「ごくろーさん」って、チョコを
くださった家もある。

学校の近くの公園にみんな
集まった。

たくさんの松、達磨、わらの山。

役員のお母さん達、お父さん
三九郎のプロ?一人仕切っている年配のおじさん。
丸太を立てかけて棒の先に達磨をさしている。

ロープを横に張ってそこへわらを
ささがけみたいにかけていく。
竹、松、達磨は中に入れて、
周りを松のリースで飾っていく。

一つのオブジェというか
風物詩というか

バックは雄大なアルプス山脈。。。

なんて絵になるんだ。

写真をご披露できないのが残念!

火がつけられみんな持ってきた
柳に刺した餅を焼いている。

あっ、ウインナーソーセージを
刺してきている人もいたあ(笑)

今年は出来合いの繭玉を
買ってしまったから

来年は米粉から作ろう。
好きな色、形にしているから
面白そ~。

次の日には後片付けにも
子供達が集まる。

最後に駄菓子パンとジュースが
当たる。

とっても楽しかった。

親も子も一緒に楽しめる
昔ながらの行事。

いつまでも引き継いで
いきたい。



2010年1月10日 20:32

スタッフ雑記 20100107 「龍」

「この子は一緒に安曇野に
 行ったほうがいいと思うの」

って 熱海の不思議ちゃん=Оちゃんが
安曇野引越し前に送ってきたのは

龍が面に彫られた「置き鏡」だった。
いや、正確には置き鏡の中の
「龍」だった。

Оちゃんが気に入って買って大事に
していたというこの子・・・。

何かのお告げかぁ~?って
ありがたくいただき
安曇野に一緒に来た。

今、その子はうちの玄関で門番しています。

安曇野にはたくさんの昔話がある。

その中で「泉 小太郎」の話しが
ある。

両親のいない小太郎が
寂しがっていると

山に行ってみなさいと言われ
いってみると両親がいて
それは「龍」だった。

龍のお母さんが、
「私の背に乗りこの地を平にして
人が住めるようにしなさい」

そうして出来たのが安曇野の平野と田んぼ。

小太郎の昔話は「龍神信仰」に
基づくものと考えられている。

農耕に不可欠な水を司る神として
信仰され 

安曇野の開発に係わった 海神信仰を持つ
豪族安曇氏により この泉小太郎伝説が
もたらされたのでは とも 言われている。
(泉 小太郎{安曇野の昔話}より)

そして小太郎の霊神を祀った
池田町十日市場「川会神社」がある。

と、書かれていた。

ついこの間読んだ
「信濃安曇族の残骸を復元する」坂本博 著
には、

池田町十日市場の「川会神社」には
「底津綿津見命」が祀られていると
書いてあった。

と、いうことは
小太郎=綿津見命????

綿津見命は豊玉姫(乙姫さま)の
お父さんで、安曇族の祖でもある。


またまた
「アマテラス」の漫画での
文章が登場するが

「龍神とは意志を持ったエネルギー波動体。
 龍宮とは龍神が集まる都。
 それら龍神を司るもの、
 それが乙姫。」

なにか 朝みる空には 龍の形を
した雲さんが たくさん泳いでいる。

気のせいか・・・。

いや、下の子も言っていた。
「龍みたいな雲だ!」

ときには うさぎさんだったりも
ある・・・。

有明神社にはスサノウの命が
龍にのってくる

という 話もある。

「龍」

安曇野の町は 龍の町でも
あるんだなぁ~。
(Tさん風)



2010年1月 7日 22:19

スタッフ雑記 20100105 「朝の・・・」

今日も山が綺麗だ。

今までは山の頂上だけに
雪がかかっていたけど

今は山全体白く、
ただ まだ雪が深くないから
木のてっぺんの先が薄く緑色の模様を
ぼこぼこと描いている。

気温は朝はまだ氷点下。

あぜ道や町のあちこちにある用水路の水はもう
ほとんど流れていないが

何箇所かに流れている水は
もう薄く上が凍っている。

氷の模様が雪の結晶みたい!

でも・・・氷って割ってみたくなる。

体重をのせると用水路に落ちてしまう。

捕まりながら片足だけで ちょっと
割ってみた。

満足。

霜柱のたった道をざくざく歩く。

音と足の感触が気持ちがいい。

諏訪神社に行く途中
珍しい小さな神社がある。

大きな急須が奉られている。

そして塀、柱などが
急須や湯飲み茶碗が積まれて
出来ている。

う~ん、ぶんぶく茶釜神社?

太陽の光を真正面に浴びながらの
「ありがた~い」

立ち止まり山をしばし眺め
「ありがとうございま~す」

相変わらず 雲が不思議。

朝の雲はなんて低い。

こんな近くに雲を
見れるなんて。

雲は生きているみたいに
自分を主張しているみたいに
はっきりとした形をしている。

なかでもいつも龍の形の
雲がたくさんあって楽しませてくれる。

「龍」。

安曇野はなにか龍の
匂いがする。



2010年1月 5日 14:01

スタッフ雑記 20100103 「お正月は・・Ⅱ」

初夢は覚えてないが 今日のははっきり
覚えていた。

夢は
豊科神社って駅の近くに
「おとひめさま」って駅がある。
実際にはない?場所。

そして おとひめさまや安曇族などを
追求している私を

誰かが監視している夢。(笑)

「おとひめさま」というキーワードには
たくさんのメッセージをいただいている。

10月に東京に行った時
由香ちゃんが「ろこちゃん もって行って読んで」
って くれた「アマテラス」の漫画。

とっても びっくりした内容。
なんとなく そうかなって思っていたことが

この漫画に書かれていた
というか それ以上の内容。

何十年前に書かれたこの漫画。
そのなかで詠われていたこと。

乙姫は「音秘め(おとひめ)」
「音」とは神の波動をさします。

祈りとは「意乗り」。

平和の想いを 
「光透波(ことば)」で「意乗れ(いのれ)」

さすれば 神の波動が地上に満ちよう。

この間安曇野の遊びに来た
おおちゃん、

帰ってから電話で
「ろこちゃん 乙姫さまに
 関係有るみたいだよ。
 乙姫さまは物語が好きなようだよ」

なんて 今度はなにが降りてきたのか
意味深なこと言っていた。

主人曰く
「お姫様だったんだ~
だからお嬢様なんだね~」

意味わからん。

なんだか わからないけど
話は 半分に 聞いておこう。

穂高神社には安曇族の祖
「綿津見の命」がお奉りしていて
その子供は豊玉姫(乙姫さま)だ。

この土地に惹かれることは 
なんかに 関係は あるんだなぁ。

作りかけの声のホームページ。

あとはホームページのタイトル
決めれば アップできるのだけど
決められず のんびりしていた。

この際
「おとひめ」にする~?

トイレの音消しの名前みたい?

そんな事を思いながら
また、深い眠りに落ちていった。

お風呂に入っている私に
蜘蛛が 落ちてきた夢を みて

起きたら朝9時すぎだった。

久しぶりに寝坊した。



2010年1月 3日 11:29

スタッフ雑記 20100102「お正月は・・」

今日の日付、面白いのめっけ。

前から読んでも 「20100102」
後ろから読んでも「20100102」

今日はお客さんがいらっしゃるかなぁ?

安曇野のお正月は初めてなので
どーゆー感じかわからないが

北海道から集まった鮭の
アラで三平汁を作って備えた。

昨日は(一日)
Tさんご夫妻にきていただいて
31日に作った即席おせちを
召し上がっていただいた。

やっぱり Tさんは
「うん うん おいし~」って
食べてくれた。

Tさんは 人からいただいた
お正月用食べものも すぐ人にあげてしまう
らしい。(普段も人になんでもあげてしまう)

旦那様のさだおさんは
「なんでも おめえ~あげちまうからぁ」って
文句をいいながら ニコニコしている。

とっても いい~ご夫婦。

考えたら家族で初詣行ってなかった。

いつも「さんぱい」してるから いいかっ!
って思ったが 行こう 行こうって

いいながら 今までの疲れがでたのか
今日は昼から夕方まで ず~と
寝ていた。

Tさんが年越し前に持って来てくれた
たくさんの本。

お正月におこたに入りながら?
なにもしないで読んででって
ことで、置いていてくれた気がした。

温泉に入ってから早速布団に入り
五井先生の
「悠々とした生き方」を手に取った。

五井先生の本は 初めて読む。

下の子
「なんの 生き方って書いてるの?」

「ゆうゆう だよ」

下の子
「ゆうゆう って リラックスってことだから
 みんな それぞれちがうんだよ。

 僕の場合は ラーメン食べている時だし(可愛い!)
 お兄ちゃんはテレビゲームやっている時だし

 みんな 違うからその本の通りしなくていいんだよ」

・・・・びっくり。

なんか 天からの声に聞こえるなぁ。

君、なんか 降りてきた??

でも ぱっと開いたページ読んでみた。

「私は自分の生命を神様のなかに捨てた。
 この私の生命を差し上げます、
 どうぞ いいように お使いください。」

うんうん、今の心境だ。
そのために ゆうゆう(楽しくリラックス)
してれば いいんだねっ。

何も考えなくていい。

この文章を読んだら満足だ。
(あとは読まなくていい)

明日は
「信濃安曇族の謎を追う」坂本 博 著 
を 読もうかな。

久しぶりに 梅酒を飲んだら
またまた 眠くなった。

3日朝方夢を見た。



2010年1月 3日 11:04

スタッフ雑記 20100101 「明けましておめでとうございます」

明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願いいたします。

年賀状今日出しました。

遅くなってごめんなさい。

今日の初日の出は
近くのアグリパークに行きました。

写真を撮っていたら 

通りかかった車が
プップーって鳴らして
全部の窓が開き、中に乗ってる
若者(多分・・)の人達が
「おめでとーございまーす」って
ご挨拶してくれた。

まーうれしー。

その気持ちわっかるー。

帰り、車で走っていると
犬を散歩させている人を発見。

窓をあけて
「明けましておめでとーございまーす!」
って 叫びたくなった。

若くないので?それはできなかった・・・。が。

新らしい年。

無事に越させていただきました。

ありがとうございます。

これからも宜しくお願いいたします。



2010年1月 1日 21:49



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