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スタッフ雑記 20120823 「安曇野の空・龍」

今朝の空はすごかった。

真っ赤な雲。
真っ青な空。

そして龍。

「春にはたくさんの龍が飛んでいたね」
昨年東京から一家で越してきた、

以前「おもろい治療」で」紹介した
治療師のKYちゃんが言っていた。
 (注:KYちゃんー空気読めないという
    意味ではないっ!)

やっぱ安曇野は不思議さんが
集まっているが、

特に強烈なKYちゃんには
そんなに見えたんだ~って
思っていた。

以前白い龍らしきものを
空を飛んでいるのを
見たことがある。

たなびくように長い体を
揺らめかしながら、八ヶ岳方面に
飛んでいった。

その後やはり早朝の散歩道、
今度は目の前の田んぼの上を
白い大きな龍が飛んで現れた!

「げっ!こんな間近に!」

感動していると、
その龍の体がバラバラになっていった。

それは白鳥だった。

白鳥が群れをなし飛んでいる姿が
龍を形どっていたのだ。

以前見た龍らしきものも
そうだったかもしれない・・。

先日そのKYちゃんのおうちで
集まってご飯いただいた時に
その話になった。

KYちゃんは云った。
「自然のものがその姿をもって
 現してくれている。」

「飛んでいたって龍も雲よ」

な~んだ!

雲の龍ならしょっちゅう見てる!

でも最近は「鳳凰」だのだ。

鳳凰が飛んでいた。
たくさん・・・。

でも、今朝ほどの雲は
久しぶりにはっきり龍だった・・・。

しかも
「でか強烈龍」だった。

真っ赤な。

朝は白んでいる空が普通だが・・
この日は朝にしては珍しい
真っ青な。。。というか
「紺碧」に近い空。

青い空に真っ赤な龍。

早朝の安曇野は
色んな姿で楽しませてくれている。



2012年8月26日 08:31

スタッフ雑記 20120815 「母は・・・」

主役が相手をやっつけている。

槍が体を貫いている。

映画、作り物とわかっていても、
胸が痛みます。

子供を宿し、お腹の子の動きひとつに
喜び、慈しみ、

産まれて顔を見、小さな可愛い手に
口づけし、

我が子を思っただけで、
胸がきゅんとし、おっぱいが出てくる。

愛らしい天使の笑顔。

敵といわれる相手も
かつて可愛い赤ちゃんだった。

子供をもったことにより、
むごい場面を見るたび、

この人にも、この人を
慈しんで育てた母がいるはず・・・。

母には敵も味方も
なくなった。

当たり前だが、男は子供を産むことは
できない。

もともと男と女は
海馬のつくりが違う?
ことから、

感情等理解し合えないように
できているらしいが、

女は子供をこの身に宿し、
血肉を分けて育てることに、

母性もより育っていく。

残酷な場面に、映画をみていた
息子に思わず、

「母はね、貴方たちをお腹に宿してね、
 可愛くて可愛くて、
 戦っている相手の人にも母がいてね・・・」

って~しゃっべていたら、
わたしの言いたいこと、わかっているみたいで、

「も~そんなら母さん、みなくていいよ!」

はい、うるさかったね。

でも、いつの時代も母の想いは
同じです。

どれくらいの母が涙したのでしょう・・・。

今日は終戦記念日。



2012年8月15日 22:40

スタッフ雑記 201208010 「弱さⅡ」

突然現れたRちゃんが
伝えてくれた聖書の言葉。

その時は簡潔な文章で
教えてくれたが、

あとでキチンと聖書を紐解き
全文を書いて、
ポストに入れてくれていました・・・。


「もし 人がわたしのもとに来るならば、
 わたしは彼らに各々の弱さを示そう。
 
 わたしは人を謙遜にするために
 人に弱さを与える。 

 わたしの前にへりくだるすべての者に対して
 わたしの恵みは十分である。

 もし彼らがわたしの前にへりくだり、
 わたしを信じるならば、

 そのとき わたしは彼らの弱さを
 強さに変えよう。
                  エテル書 」

「そこで高慢にならないように、わたしの肉体に
 一つのとげが与えられた。

 それは高慢にならないように、わたしを打つ
 サタンの使いなのである。

 このことについて、わたしは彼を離れ去らせて
 くださるようにと、

 三度も主に祈った。

 ところが主が言われた。

 「わたしの恵はあなたに対して十分である。
  わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。」

 それだからキリスト(神)の力がわたしに
 宿るように、むしろ喜んで自分の弱さを誇ろう。

 だから わたしはキリスト(神)のためならば、弱さと、
 侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに

 甘んじよう。

 なぜなら、わたしが弱い時にこそ
 わたしは強いからである。

           コリント人への第2の手紙 」



2012年8月10日 12:42

スタッフ雑記 20120620 「弱さⅠ」

夢はたくさんあった。

あれもこれもって、
おもっていても、

今世ですることは、
神様と約束してきたことだから・・

私たちは神の道具だから、
自分の浅はかな考えで
動くのではなく、

神様が動かしてくださるのだから、
動かし易いように

クリアーであれ。。。

・・・と、思ってた。

でもそれは、頭で思っていただけで
本当にはわかっていなかった。

まだまだ自分でやろう、
自分が・・自分「我」・・・

と、「我」が入っていた。

それがわかった
瞬間があった。

それは朝、台所で立っているとき、
ふっと湧き上がってきた。

瞑想していたわけではないのに
急に心に落ち込んできた。

「神に心から祈る」

「神に身を委ねる」

ジジババとの生活で、
体も心もヘトヘトになり、

思い描いていた色々な夢・・・

希望も体力も無くなった時・・
このまま私は朽ち果てていく、
ってくらい
落ち込んでいたとき。。

このなにもない、
なにもできない私。。。。

そんな中、
神に祈った。

心から。
「身を委ねる」

言葉にすれば同じだけど。。

へとへとになった
「動きのとれない状態の、身と心」。

そのなかでの祈りだ。

「私は無力だ」

こころから・・
そう思った。

今までのわたしは
「傲慢」であった。。

ことがわかった。

無力さを感じることも、
神に身を委ねていこう、
と、思ったことは
今までもありました。

でも、心の真の部分で
まだまだ
「自分でやる」

その心があったんだって
ことが、わかった。

傲慢だった。

その日の午後。

いつも必要な言葉を
伝えてくれる、

Rちゃんが現れた。

朝の私の「気づき」を
聴いたRちゃんは、

「まさにこれだわ」

と、Rちゃんの大好きな
聖書の言葉を教えてくれた。



2012年8月 8日 15:41



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