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スタッフ雑記 20130613 「ツバメちゃん」

昨年、2階のず~っと上の
屋根の下にツバメが巣を作って
くれていました。

ツバメがいなくなってからも
巣は壊れずにありました。

その巣にまたツバメちゃんが、
住み着いているのを、

札幌から帰ってから発見!

しばらくの間よろぴくねぇ~。

そうこうしているうち、
玄関の戸の上の、明り取りのさんの上に、
違うツバメちゃんが
よく飛んでくるように
なりました。

さん・・っていっても、
とまれるスペースはないんだけど・・・。

泥がつきだしました。

まさか・・こんな低い
ましてや出入りの激しい
場所に・・・巣作りなんて。。。

ないよな~~。

泥がたくさん付きだして、

巣の輪郭ができてきました。。。

え、え~~~!!

だ、だいじょ~ぶ??

二羽のツバメちゃんが
一生懸命近くの田んぼから
泥を運んできます。

巣作りにしては、
ちょっと遅いけど。。

このツバメちゃん方は、
まだ新米?で?

どこに作ったらいいか
分かってないのかも?

とか、

急に、できちゃった婚で?、
急遽焦ってどこでもいいから、

巣作りしてるとか・・。

こころなしか、
人の(鳥)いい顔を
しているような気がする・・・。

巣は3日ほどで、あっという間に
出来上がりました。

自分の家は自分で作るって
すっご~い!

巣作りを最初からみていたから
かんげき~。

巣作りが終ったら、
卵を産み、
温めるのにメスが常駐します。

オスは餌を運んできます。

余り出入りしちゃ~
悪いかな~?

出かけるとき、
玄関の戸をそ~っと
開け。。

でも、気になるから
ちらっと巣の方を
見上げます。。

すると、ツバメちゃんも
こちらを見下ろしています。。

目が合っちゃった!

ご、ごっめ~ん。

飛んで行っちゃうときも
あれば、

夕暮れだと
そのまま巣の中で
じっとしています。

鳥目だから??

ツバメちゃんと
「共存」

なんとも嬉しい。

卵って21日目に孵るんでしたっけ?

あれはニワトリだけ?

6月の終わりには
ピヨピヨと声が
聞こえだす予定。

孫の誕生を待つように
ウキウキしています。



2013年6月12日 15:43

スタッフ雑記20130610 「逝く日・・Ⅲ」

その日の夜10時半くらいだったでしょうか。

父は逝きました・・。

母、姉、私が父を囲って
すぐにあらゆる機能が急激に
下がってきてあっという間でした。

でも十分にみんなとも
お別れができたのだと思いました。

昼間またまた復帰した父。

安定していました。

子供達の学校に連絡して、
早引きさせて、

電車に乗ってきてもらいました。

主人も仕事を終えてきました。

みんなでホットモットの
弁当食べようか~。

って、皆で父を囲いワイワイ。

主人は
「血圧や脈拍数のモニターの数値が下がったり、
 上がっったりを見て、一喜一憂して。。、
 おじいちゃんに直接「おじいちゃ~ん!」
 って呼びかけないで、
 
 今に、器械を掴んで「おじいちゃ~ん!」って
 叫ぶんでないの~   」
 
なんて冗談まで飛び出して
みんなで爆笑して食べていました。

この病室は1番端っこの部屋で、
小さな音も廊下の壁に反響して、

階の病室中、音が響き渡るそうな。。。

そんで以前看護婦さんから
注意を受けていたのだった。

多分・・以前洞光寺のひろしさんに
お葬式のお願いの電話を

その廊下でしていて、

その話、みんなに聞かれていたの
だと・・・。

どひゃ。

この日は朝から叫び声、
泣き声、笑い声が響き、

賑やかな。。
いえ、皆様にはどんなに
ご迷惑だったことでしょう。
 
母が肩がバンバンに凝っていて
友人のマッサージ師KK君に来てもらいました。

母のマッサージが終わり、
KK君は父に挨拶して帰りました。

それでもやっぱり今日は
ヤマバですよ。

という看護婦さんの
言葉を聞かないふりをして

主人は子供たちを
連れて帰ってしまいました。

それもそういうシナリオだったのだと
思います。

もう十分に楽しく
お別れの時間を父は作って
くれていたのでした。

母がちゃんとお葬式を
乗り越えられるように
マッサージが終わるまで
待っていてもくれたのだと・・・。

ちゃんと上から見ていたかのように、

みんなが帰り本来の家族?の
4人になり父の手を握った途端、

父はあっという間に
息を引き取りました。

綺麗な死に顔でした

今まで頑張って生きてて、
満足したような、

笑っていました。

お父さん、ご苦労さまでした。

そしてありがとうございました。

「おじいちゃんが亡くなった」と、
自宅に電話しました。

看護婦さんが父を綺麗に
支度してくださいました。

夜中でしたが葬儀の会場の
方が迎えに来てくれました。

病院のあったO町から安曇野を通り
北松本の葬儀会場を目指し、

父、母、姉が乗った車と、

それを追う私が運転する車は、
暗い国道19号線を走っていきました。

ハンドルを握りながら、
また涙がこぼれます。

涙はここで最後でした。

葬儀を取仕切るため、
その後悲しんでいる暇がありませんでした。



2013年6月10日 18:29

スタッフ雑記 20130607 「逝く日・・Ⅱ」

電車を待っていた姉に1本の
電話が入りました。

長野の富士見というところに
姉の友人がいて、

姉に会いたくて今、車で安曇野に
向かっているところだと。。。

なんという・・救世主!

その車にのって姉と母は
病院をめざしました。

わたしは昨日夜からご飯を食べていませんでしたので、
血糖値が下がり、

それに加え、叫びつづけてますので、
頭がクラクラです。

姉たちが到着するまで。。
と、考えると気が遠くなりました。

姉の友人に病院までの道案内をするのに
電話をしなくてはなりませんでした。

ず~と父の手をパチパチ叩きながら
叫び続けていますので、

「お父さん!ちょっと待っててね!」

片手はお父さんの手を握り
片手で携帯電話で、

「もしもし!国道147を通って
 大王わさび農場方面に折れて・・」

「おとうさ~ん!!」

一瞬の予断も許されないように
思いました。

どれぐらい時間がだったのでしょう。

ドタバタと足音が聞こえ
まず姉が病室に飛び込んできました。

「来た~~!!」

父の手を姉に預け、
わたしは隣の簡易ベットに
倒れこみました。

母も到着しました。

母、姉がお父さんの手を取り、

「お父さんありがとう」
「ありがとう」

と、涙ながら話しかけてる中、

その横のベットでわたしは

「あー間に合って良かった~」

と、ひたすら安堵して横になっていました。

母も姉も看取れる。。。

「良かった~お父さん。。
 安心して逝っていいよ」

って~な、気持ちになっていました。

ひ、ひどい!

下衆の極み!!

それこそどれくらい時間が
経ったのでしょうか。

時計をみるとお昼でした。

父の横の血圧計等の
モニターをみると、

な。。なんと、数値が安定してきていました。。。

「お父さんありがとう」と
父に呼びかけつづけていた姉に

「ねぇ・・・お昼ご飯食べよっか?」

と、話しかけると、

姉も我にかえり、
時計と父をみて、

「・・・そうだね、たべよっか!」

それから、何事もなかったかのように
3人で父を囲って
もくもくとお弁当を食べました。

・・・・・・。
 
 (ご飯の時間になると。。。
      復活する父・・??)



2013年6月 7日 06:21

スタッフ雑記 20130606 「逝く日・・」

最初は息子からでした。

付き添いを姉と交代して、
家に帰って夜のご飯支度したくを
しているときでした。

上の息子が
「おじいちゃん大丈夫かな?」
と、きいてきたのでした。

「どうして?」
ってきくと、

「お母さんから、おじいちゃんが
 亡くなった、という電話がくる
 夢をみたんだ」

ということでした。

そして次の朝、
北海道の義母から、

父が夜中、枕元に来ていた、
お父さんの容体はだいじょうぶ?

と、電話がありました。

わたしは
「父は明日逝く・・」
と、ふと思いました。

その日の昼病院へ行き、
夕方姉と母が帰りました。

もう目を覚まさなくなった
父はガーガー眠っています。

父のもうすぐ訪れる死を
今まで理解できなかった母が、

先日
「お父さんはいいところ行ける」
と、眠っている父の枕元で
話しかけたのでした。

母の心の準備が
できると父は安心したのだと思いました。

次の朝
父の血圧が測定不能になりました。

母と姉にすぐに病院へ来るよう
連絡しました。

母姉はここ数日なにかあったと時のために、
病院の近くの旅館に泊まっていましたが、

たまたま昨日は満室だったので、
車で50分くらい離れた安曇野の
自宅へ帰っていました。

これも最後のドタバタ劇の
笑える不思議なシナリオでした。。。

姉たちは車の都合がつかなく、
電車でくることになりました。

父がいつどうなるか
気が気でありません。

ここの電車は1時間に1本です。

姉と母は駅で
電車を待っていました。

父の容体が悪化して、
呼吸が止まりました。

酸素の圧力をあげ、
気道確保をしたら
呼吸が戻りました。

「お父さん!
 まだ、行かないで!!」

 最後は母と姉も看取りたいに!

「お父さ~ん!
 もうすぐお母さんたちくるからね~」
 「頑張ってよ~~!!」
「おとうさ~ん」

父には、
 もう頑張れと言わない・・。
 自然の死を迎えさせる・・。

そんな約束をしていたはずだが、

このときばかりは、別!??

ちょっとでも声を休めると、
父は三途の川を渡ってしまう。

そう思えました。



2013年6月 6日 08:23

スタッフ雑記 20130603 「すずらん」

帰ってきました~~。

北海道はチョー寒く、
ストーブを焚き、
コートを着てお出かけ、

近くの手稲山は雪で
真っ白でした。

札幌に行く前に、東京目黒の友人みっこ夫婦の
うどん屋に寄りました。

目黒駅からバスで「消防署前」
で降ります。
(どのバスに乗ってもOK)

すると反対側向いに、

「すずらん」

という小さなうどん屋があります。

そこです!

ど~して「すずらん」という
名前にしたか、
聞き忘れてしまいました。。。

北海道もすずらんが有名。
北海道に行くときに。。
不思議な感じがしましたよ。

開け放した戸ののれんの
下から中を覗くと、

友人みっこが
気がついてくれました。
変わらない満面の笑顔は、
やっぱり・・私を癒してくれました。

旦那はんの店主仁さんも
お久しぶり!

早速お土産の玄米おにぎりを
ぱくついてくれました。

癒しのお二人みっこ夫婦の、
店内は、い~気が流れていて、

壁には画家でもある
みっこの描いた絵、
作成したマスコットが飾られています。

うどんは
「ゆず胡椒ネギうどん」を
食べました。

な、なんと!

おだしが

ちょ~!!

う、旨い!!

麺も仁さんの太腕で
こねたシコシコうどん。

これも旨い!

讃岐のうどんと
違うんだって。

讃岐のおだしは
「いりこ」でとるらしい。

知らなかった!

ここは鰹節。
京都の乾物屋から
取り寄せているこだわりだし。

醤油はヒガシマル醤油の
「秀醇」だって。

仁さんのあったか~い
こころ、いただきました~。

その後、飛行機の時間まで
目黒洗足スピ仲間のみんなと
2年ぶりに会って盛り上がりました~。

「すずらん」仁さんから。。

「うちの麺、がっちり鍛えてまして
 マッチョです。

 うちの内装、
 友人の頑固大工。

 頑張っている人、
 疲れている人、
 お腹いっぱいにして
 ほっと息つけるよう
 木で囲いました。

 婆ちゃんからお袋に
 お袋から私に伝わった、

 不揃いな手打ちうどんです。
 
 ちょっと勉強してちょっと
 工夫しました。

 お気に召したら
 又来てね。  
             店主  」
        
すずらん
  twitter@suzuran
  facebook 饂飩すずらん



2013年6月 3日 12:15



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